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読書感想「the Great Gatsby」
この週は風邪と偏頭痛と花粉症で、やたらよく寝ました。すっかり運動不足。
退屈なので、L様に紹介いただいた「The Great Gatsby」(邦題・華麗なるギャツビー、スコット・フィッツジェラルド著)を聴いていました。

男性の書いた恋愛小説を読みたいと思っていたので、とても参考になりました。

小説は地元の図書館になかったのですが、オーディオブックがあったので借りておいたのですね。
体調の良くないときはいいかもです。

私は、読むのはともかく、リスニングは絶望的です。
在住13年とか、恥ずかしくなります。
通訳を頼まれると、隠れる穴を探します。
夫との会話も勘ですすめてますから。
会社勤めをしないのは、上司の指示を一度で正確に理解して、一人で仕事をやりとげる、というのが無理っぽいから。農作業だとに皆で一緒に同じことをするから、指示がわからなくても傍の誰かの真似をしていればいいわけで。でも最近はそれも体力的につらい。

ちなみに、DVDはサブタイトルないと内容完全理解できないす。
劇場映画は勘と鑑賞後の夫の補足説明が頼り。

で、小説ですが、困ったことにオーディオブックというのは、会話と独白の区別がつきにくいし、場面変換についていくのが大変です。わからない単語を調べたくても、つづりがわかりません。

それでも、一章を3~4回も聴けば、あらすじくらいはわかります。

以下ネタバレあるかも。


時は第一次世界大戦後のアメリカ。
切ない身分違いの恋が、第三者の視点から淡々と描かれていって、昔の作品ですから官能的なこともないし。
三十男女のひたむきな純情が、傍から見るとそれはそれは滑稽で、苦しいほどに切なくて、そしてイライラする。
また、「あの時代のアメリカ」の匂いとか空気とかも感じれました。

で、読後の感想ですが。


一途で献身的な純愛は、21世紀の感覚だとやっぱりストーカーだにょ。

男性も深く深く一人の女性を愛することができるんだな。
報われなくても、その愛だけを胸に抱えて生きることができるんだ。
どれだけ抑えた表現で切ない恋を描けるか。
ギャツビーの態度や仕草のひとつひとつ、言葉の一言一言が思いの深さを暗示していて、語り手とともに後になって気づかされ、読後に胸を突くんだ。

切なさ補給したい方にはお奨めかも。

映画も作られているそうなので、観てみたいですねぇ。

男性の書いた恋愛小説をどんどん読みたいですね。
恋愛小説って、一般的にですが「女性の描く男性キャラは実在感がなく、男性の描く女性は類型的か、あるいは反対にとらえどころがない」というような書評を見ることが多い。

このギャツビーがひたむきな愛を捧げた対象の女性も、見た目の魅力はしつこく描かれているけど、深さについては描かれてなく、なんでそんな女に執着する?
って感じでした。
もちろん、第三者の男性の視点から第一人称で描かれているので、語り手はその女性の内面については知りようがないですけどね。
「あんな奴らもうどうでもいい」と投げ出してる。

そんなわけで、納得のいく男性キャラが描けるようになるには、男性の書いた小説を読むのが手っ取り早いですね。
ちなみに私の好きな男性作家さまたちは、悲しくなるほど恋愛を避けて通られるのです。

読者様にお願い: 恋愛小説がとても上手な男性作家さまを教えてください。

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ニコラス・スパークス週間「The Wedding」
泣イタ

「The Wedding」 Nicholas Sparks著、あらすじは:

29回目の結婚記念日をうっかり忘れてしまったウィルソン。
ワークホリックの彼は、子供達が成長し、家を出てしまったあと、妻との間に埋められない溝があることに気がつき愕然とする。
結婚記念日を忘れてしまったことは妻との亀裂を決定的にしてしまったようだ。

熟年離婚の危機をウィルソンはどう乗り越え、妻の愛を取り戻せるのだろうか……。

……というような、まあ、そういうお話です。
映画「The Notebook:邦題(君に読む物語)」の娘夫妻のお話です。

普通の人の、普通の苦悩が、うまく解決されるかどうか、というような。
減量したり、義父とあれこれ相談したり、妻にナイショでいろいろ画策したり。
とくに事件もなく日々が過ぎていく中で、取り返せない毎日と、二人が出会った頃の回想が交互に語られていく。
日々の中であれこれ頑張るリタイア間近なオジサマの涙ぐましい努力。。
そこに持ち上がった長女の緊急結婚式。

淡々と、淡々と進む物語。
だけど、一気に怒涛の勢いで最後まで読ませていただきました。

五十を過ぎたおやじさまが、妻にキスをするのもどきどきして緊張してしまうというのが、あっはっは、なんですが。

邦題を、ウィキで調べる……「もうひとつの愛の奇跡」って、臭いだけじゃなくて、タイトルがネタバレしてない?
「結婚式」じゃ、売れないのかね。
私だったら「君への贈りもの」にするよ。私を大泣きさせてくれた彼のセリフをそのままとってね。
ネタバレしてないと思うし。
事実、これでもか、って妻の歓心を買おうとプレゼントの嵐。
でもそれは……。

愛する人が一番望んでいることを、どれだけの人が理解し、与えることができるんだろう。
それが実行できるのは、ある意味、奇跡なんだと思う。
配偶者か、恋人か、家族にしかあげられないもの。
それが欲しいのだと、口にできないもの。

自分自身が変わらなければ、何も変えられない。

家族や恋人や配偶者を大切にしなくちゃなぁとしみじみ思わせてくれました。

て、読後にお散歩に子供達を誘ったら、見事に断られましたけどね。

で、図書館に行って「DVD:The Notebook」を借りてきました。
本が地元の図書館にない……。
隣街の図書館にはあるけども、スパークスは人気なんだなぁ。
どの作品も貸し出し中。
それでも「The Night at Rodenthe」と「Walking to remember」は借りて来れたので、正月はDVDと二冊の本を読みます。

ここからさきはネタバレ感想……

続きを表示する
トムは真夜中の庭で
トムは真夜中の庭で「Tom's midnight garden」 フィリッパ・ピアス著

ええ、名作だと思いました。
面白かったです。
イギリスの児童文学賞である「カーネギー賞」を受賞した作品です。
(「ナルニア」や「黄金の羅針盤」も受賞している文学賞だそうです)

さくさく読めましたし。
子供に読んでほしいです。

物語自体は、地味でちんまりしていますので、刺激やゲーム性に慣れてしまった今どきの子供たちがどれだけ楽しめるかはちょっと疑問なのですが。

時代と、流れの速さの異なる時間を共有する二人の少年少女の交流。
周囲の反応。
『時を越えて』巡り合う、というのは私自身の創作の命題なんですが、こんなやわらかく美しい話もいいですねぇ。

「現在」といっても、テレビも電話もない時代に生きるトムの時代もなかなかレトロで。
それぞれの時代が細やかに描かれていて、過去に生きる少女、ハッティを未来から探し出そうとするトムの努力とか、地味なミステリですが飽きることなく読ませてもらいました。

なんとなくオチは読めてましたけど。
それはむしろ予定調和というやつなんでしょうね。

筒型の踵まで丈のあるズボンという服が、ヨーロッパではヴィクトリア朝まで着用されなかった、というのが、新発見でした。


では、次! 某様に先を越されてしまった『デルトーラクエスト』にまいります。
デルトラ……やっと石が四個集まった。
半分以上、進みました。

飽きてきました。

もう最終章行っていい?

四個でいいよ。七個もいらないじゃん。

どきどき、はらはら、わくわく、どきどき、はらはら、わくわく、どきどき、はらはら……。

他の要素はないのだろうか。
やはりオトナにはもうちょっとこう、深い推察とか、黒い展開とか◎ロい展開とか、◎ロイ展開とか。
内的考察とか。

なんか、こう、はじめに「それはありえないだろう」と突っ込みたい部分があって。

ジャスミンが7歳で両親と生き別れ、沈黙の森に取り残され、16歳まで森でひとりで生きてきたって。
いや、ありえない。
普通の森でも野たれ死ぬ。
生き延びたとしても、あんなに賢くなれないし、話すことはできないって。
十年近くも話し相手がいないってことは、人間として生きて来れないってことだ。
発達言語学とか、発達精神学上、無理がありすぎる。
ひとりぼっちで他の人間との交流を断たれた子供は、その年齢のボキャとか思考力のまま心は成長を止めてしまう。
人間は、他者との会話でもって言語力と思考力を伸ばしていく生き物だから。
とくに7歳なんて、自分と他者の区別がやっとつくころで。
ウクライナではときどき行方不明だった子供が、犬の群れに混ざっているのが発見されるけど、言葉は失ってるもの。
赤ん坊の頃に山に捨てられたもののけ姫が、言葉を話せて思考力があったのは、モロが人語を話せる山犬の神様だったからさ。

せめて森に残されたのが11歳とかなら、まだリアリティがある。

魔王とか、しゃべる蛇とか、魔法の宝石とか、空飛ぶ豚よりも、そっちのほうがよっぽど気になるのです。

吸い込まれるのはトムの庭のほうが良かったかな。
これは好みの問題かもしれません。

だいたい私、RPGとか、ゲームしない人だから。
ドラクエはⅢの途中まで。
ファイナルファンタジーは最初を二回しただけで、以来ゲームには触ってない。

でもがんばって読もう。

長女が「読んだ~? もう読んだ~?」ってうるさいから。
おおお、児童文学に同性愛が!「おれの墓で踊れ」他
読んでないのに感想もないものだと思いますが。
ふらふらとアマゾンを探検していたらこういうものを見つけてしまいました。

同性愛を扱った児童文学

エイダン・チェンバース氏の児童文学は、ゲイの主人公だったりする。
マイノリティであることへの葛藤とかもだけど、やっぱり普通に成長したり挫折したりする。

日本の「アマアマ」もしくは「陵辱系」「エロアマ」が受けてる腐文化繚乱状態のBLとは違う角度で、少年の成長とか社会との関わりとかを描いた作品らしいのですが。

児童<青春文学です。

おれの墓で踊れ

二つの旅の終わりに
カーネギー賞(イギリスの児童文学書) 
プリンツ賞(アメリカのヤングアダルト文学賞)
国際アンデルセン賞受賞 

と言うわけで、地方の図書館で探してみたら随分遠くの街の図書館にあることが判明。
しかし、図書館に行かずにネットで本を取り寄せできるってすごいですねぇ。

読んだら感想書くかもしれませんが、邦訳出てますので、皆様も地元の図書館で捜してみてください。
語り合いましょう。
デルトラ……やっと七個目
なんということだ。

つい、ウィキに行ってしまって。自分でネタバレしてしまった。ガーン。
予想がはずれてがっかり。

もうあと少し。

固有名詞の読み方とか、確認(ってもカタカナにされた名前は原作名と必ずしも一致しないけど)するのにウィキは便利ですけどねぇ。
ついネタバレまで読んでしまうのは(自己責任だよ)

いや第七話「迷子の谷:The Valley of the Lost」を読み始めて、これって邦題はどうなのかなと思って。
ちょっとウィキってしまいました。
「いましめの谷」ね。ふうん。

ところで

なんで「ドゥーム」の名前をわざわざ変えるかな。
邦訳では「ジョーカー」だって、本当?
すんごくイメージ崩れる。

「ドゥーム」の意味は「破滅」
ウィキでは「運命」とか書いてあったけど。
辞書では確かに「運命」と書いてあるけど。
わたしの知るかぎり、「ドゥーム」は破滅。とにかく破滅。
破滅を前提とした運命として用いられるから。
だから
訳するならまんま、破滅への運命
だから彼がそういう名前で出てきたあたりからもう、おどろおどろしくて。
でも「ジョーカー」じゃ道化師のイメージになるんだけど。
お手玉とかしながら、靴の先や、帽子の先にぼんぼんがついているコスとか。
同じ英語の名詞で置き換えて意味があるのか?
翻訳する時に意味を添えておけば、オリジナルの名前の方がよっぽどストーリーに沿っていて無理がないと思うのに。

指輪物語もそうだったけど。
ストライダー(アラゴン)が馳男さんだったのも、急に日本人の飛脚オヤジみたいな容姿が浮かんでアレだった。
あれは翻訳国の言語を使用して欲しいという、トールキンの意向だったらしいけども。
キャラのイメージが左右されるのはどうかと思うんです。
白人系キャラにはオリジナルやヨーロッパ系のカタカナ名前の方が雰囲気でると思う。

もちろん、オリジナルそのまま持ってきて読むことも覚えることも難しいのは困るけども。
うろ覚えで申し訳ないものの、ムーミンシリーズに出てくる
ニョロニョロは「ハッティファッタナー(英)・ハッティフナッタ(原)」
スナフキン(英)は「スヌスムムルク(原)Snusmumriken」

とか。
デルトラクエスト読み終わりました
最後のほうは息切れマラソン状態で、とにかく完走を目指すどん尻ランナー的でしたが。
でも、拷問というほどでもなかったです。

ま、ミリオンセラーだけあって、面白かったです。
読みやすいし。

でなければ最後まで読めなかったわけですから。

某さまから「地文にも"!"が使われているのか」
とご質問があって、そのときは気がつかなかったのか、気にならなかったのか。
気をつけて読んでいたらありました。
でも気にならなかったのは、地文でも独白の部分だったからだと思いますが。

それより、訳本の文体はどうなっているのか興味がわきました。

というのは、デルトラクエスト原書の文体はとても時代がかっているんです。
出版されたのが2000年だそうですが、地文にでは仮定法に「If~」でなく「過去分詞+主語~」を多用していたり、会話文の言い回しが大層だったり。
ドゥーム(邦訳:ジョーカー)のしゃべり方がダレンシャンのクレスプリー氏を髣髴とさせる(笑)
(クレスプリー氏はヴィクトリア朝初期の生まれ。もったいぶった話し方をする)

リーフやジャスミンの話し方も大人たちに比べると軽いですが、いまどきのティーンエイジャーよりは重い。

ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」を平易に書いたらああなる、みたいな文体でした。
これはある意味高度なテクなのかもしれません。

児童書ってことですが、冒険だけに焦点が当てられていて。
お年頃の男女が一緒に旅をしていて、異性を意識するところが一切描かれてないのはどうなんだろう。
そこにリアリティを感じられませんでした。
リーフがかろうじてデインの出現に嫉妬らしいものを感じたり、ジャスミンと別行動になって寂しがったり、ジャスミンが死にそうになってひどく取り乱してますが。
それも16歳にしてはどうよ、というような。

ジャスミンのほうはリーフに対して異性を感じたところなどまったく描かれていません。
ネリダに対する反感も、普通に女が嫌いな同性に対する嫌悪感を越えておらず、異性を挟んでの競合とはほどとおい。
まあ、そんなのは書きたくなかったのかもしれませんが、著書が女性なのに女心が一切描かれていないのは、いっそ天晴れとしか言いようがないです。
児童文学が子供の成長を描くものなら、ゆるやかな性の目覚めも(プラトニックでオケですよ、もちろん)あってもいいのにと思いました。
ネタバレにつき反転

いきなり最後にプロポーズ」ではなく。

長女が「第二のシリーズも借りてくる?」「第三のも読む?」「あとのシリーズはみんなうちの図書館にあるよ」
と意気込んでますが。
「いや、冒険と謎解きばっかりの展開はもう満腹(食傷)です」
長女があれだけ夢中になって読むんだから、子供にはあれでいいわけなのか。

……どきどきはらはらわくわく……以外の要素もあるお話を、母は読みたいのです。
あ、でもまだ「リン谷のローワン」があった(がくっ)
某さまがデルトラよりもこっちのほうがお勧めかもとおっしゃっておられたので、がんばります。


長女のお勧め「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」
うちの娘たちが読んでる児童書を読めば時代の傾向はまあ、調査できるわけで。
母が児童文学(Children's fiction)書いてるんだよ~と言ったら、協力的な長女。
長女13歳「デルトーラ読んだの? じゃあこれは~?」

って突きつてきけたのが「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 2005年~五巻 日本語ウィキへリンク」

実はオリンポスの神々は現代社会に適応して、いまはニューヨークに本拠があるんだとか。
ちゃきちゃき今どきニューヨーカーのパーシー(ペルセウス)は、ポセイドンと人間の母親との間に生れたデミゴッド(半神半人)で、超能力があって。
(ん? 日本の漫画「アリオン」とか思い出したり)
ゼウスに無実の疑いをかけられて、その嫌疑を晴らすための冒険に出る。

著者がADHDで難読症の息子のために書いたお話らしい。
アメリカで大ヒット。映画にもなった。

う~ん。

ギリシア神話は中学のときに飽きちゃったからなぁ。
とか二の足を踏んでいる。

長女はファンタジーが大好き。
ハリポタから始まって猫戦士シリーズとか。アルテミスファウルシリーズとか。
あとなんだかわからないけど、街と学校の図書館にある魔法とドラゴン系やメタモルフォーゼ系はほとんど読んだと言う。
三日で一冊のペースで何か読んでいるので何を読んだのか本人も覚えてないくらい。
アースシー(ゲド戦記改め)シリーズだけは、地元の図書館にないので、ネットオークションで落札。

なのに、なぜにダレンシャンをまだ読んでいないのだろう。
吸血鬼もの好きらしいけど。

次女10歳は、私が彼女の選ぶ本に見向きもしないので、ちょっといじけている。
この人は普通に、ギャル向けキャぴキャぴいまどきスクールロマンス系とか、ちょっと前まではマジックポニーとか、フェアリースクールとか、プリンセスクラブとか、あんなんばっかりやん。

姉妹でこれだけ読書傾向が違うのも不思議だ。

まあ、次女の場合は、彼女をモデルに実はお子様スポ根小説を書いているので、書けたら「ちゅうでん児童文学賞」に応募しようと思っていたり。今年は間に合わないかもですが。
児童文学と恋愛要素
言葉の定義はもうめんどくさいから、はっきり言ってどうでもいいんですけどね。
だいたい、童話からヤングアダルトまでひっくるめているのが問題なのだと思いますね。
長女(13歳)はヤングアダルトは児童書じゃないと言い切ってますし。
たしかに「トワイライト:美男美女の吸血鬼・学園もの」を児童書認定するのは反対だし。
それなら、あのアメリカの某児童文学賞のヤングアダルト部門ってのはどうなのよ、とか思いましたが。

私が「児童文学」「児童書」で入っていったのが「ハリー・ポッター」「ハウルの動く城」なので、恋愛はジュブナイルの重要素だろうと勝手に思っているだけ。

米華が「恋愛=官能」の書き手だと思っている人がいたらアレだからちょっと断わっておくと。

初心なトキメキものとか、初々しい青少年の目覚めとかも好きだし。

男の子の視点で、キスどころが手を握るのに四苦八苦している心理が描かれると嬉しかったりします。
ダレンが、キスひとつするのに行ったり来たり、ついに壁をよじ登って窓から顔を出すところとか好きですね。(ダレン・シャン)

あとハリーがチョーをダンスパーティーに誘うために、おそろしく枚数を無駄にしているのが面白かった。(ハリー・ポッター)

でも、一番心を打たれたのは黒主役・ナサニエルがキティを女性として意識して、憧れを抱えても、それを伝えない、触れることすら考えられないままただ守るだけ、というのがとても切なかった。幼くて、そして同時にとても深い愛ですよね(バーティミアス最終巻)

そういうすったもんだが楽しく、ちょっと切なく描かれていれば、エチはいらないのです。
つかあったら変だ。

児童青少年向けには、恋もだけど「愛」の本質についてちらっとでも触れられていたらもう、それだけで星五つ。

「リンの谷のローワン」を読み始めました。
デルトラと同じ作者ですが、人物の描き方や心理描写が細やかになっている。
期待できるかも。
「世にも不幸なできごと(の連続)」という児童文学
何年か前に読んだ児童書なんですが、おそろしくインパクトの強い小説でした。

原題は「A series of unfortunate events」レモニー・スニケット(ダニエル・ハンドラー)著
長女が十歳かそれくらいときに夢中になって読んでいたのと、当時仲良くしていたママ友が面白いといって子供と新刊を奪い合って読んでいると聞いて読み始めました。

たしかに麻薬的な吸引力のある物語でした。

児童書ということですが、裕福な両親を火事で失くしたボードレール家の三人の姉・弟・妹が、遺産を狙う悪人に追い回されて何度も命の危険にさらされる。
楽しいことはなく、苦しくてつらくて、不幸の連続で、最後まで読んでも希望などかけらもない。

時代はヴィクトリア朝のいつか。
物語の設定も展開も、荒唐無稽で理不尽です。

作者視点で特殊な文体。ところどころ単語の意味や解釈、作者の意見が入っているけどうざくない。
随所に入った作者の解説や薀蓄は面白くて、テンポの良い平易な文章は読みやすいので、原文も高校程度の英語力があれば一気に読めます。

世界中で翻訳されて売れているし。
ゲームも出ているそうです。


児童文学は希望や救いのあるエンディングが必須、という暗黙の条項をぶち破る作品でございます。

この本を読んでいる間は、この特殊な語り口が自分の文章や話し方にも強い影響を与えて困りました。

ジム・ケリーが悪役・オラフ伯爵役で映画化もされています。
「リンの谷のローワン」読了
読後感:飽きることなく最後まで読めて、面白かったです。

勧善懲悪でないところが私的にツボです。
私の読み違いでなければ、物語のテーマの背骨は『調和』でしょうか。
わけのわからん魔王とかでてこないし。
魔法もかなり制限があるようで、スパイス以上の存在になっていないのがいい。
多少のご都合主義には(三巻『ローワンとクリスタルの守護者』参照)眼をつむって読むことができました。

デルトラよりもキャラや設定に深みがありました。
オーストラリア最優秀児童図書賞をとっただけのことはあります。
(デルトラもオーレアリス賞というSF・ファンタジー系の賞はとってますが)

家族や周囲の人々との人間関係が丁寧に描かれていたのがいいですね。
キャラの造形が脇にいたるまで立体的で良かった。
ランばあさんも、シーバばあさんもよかった。
シーバがどうしても、ヴィジュアル的にジブリの湯婆になってしまうのが悩みでしたが。
話の要である、ローワンが成長していくようすもとても良かったです。
脇のほうでラブらしきものの片鱗がちらっと出ていたのが初々しくて、児童書っぽかった。

あと、この物語を進めていくうえで重要な、英文学特有の謎解き韻文詩(ライムまたはリドル)ですが、和訳ではどうやっているのでしょうねぇ。翻訳者さんの苦労が想像できません。
どの行も韻を踏んでいるということを和訳上は無視することにしても。
なぞなぞ韻文詩は、ひとつの単語が抱える複数の意味をどのようにでも解釈できる謎かけ文になっています。
それに呼応する単語や文章も、英語ネイティブさえ頭をひねるようなものでなくてはなりませんから。
外国語にしたときに意味をなさなくなってしまうことは珍しくないわけです。
そういう場合は、日本語で意味を成すなぞなぞ詩を捏造して、物語に矛盾なくはめ込む必要があるのでしょうが、そんなことが可能なんでしょうか。
手元に和訳本をお持ちで、韻文詩をひとつ提供してくださる方がおられると嬉しいです。


以下ネタバレ

続きを表示する
救いのない児童書
すっかり児童文学づいている米華ですが。
児童文学のお約束に、ハッピーエンドであるととか、バッドエンドでも希望を残しておくこととかあるんですが。
じゃあ、これってどうなのよっていう、名作童話を並べてみました。





チロヌップのきつね
chiro 読後感:やりきれないキモチになる。

泣いた赤鬼
akaoni 読後:号泣

ごんぎつね
gon 読後:どこに怒りをぶつけていいのか。

一番救いのないのはこれだと思います。
赤いろうそくと人魚

ningyo
 読後:非情無情の因果応報

永遠の名作ですよね。
ええ、大人になっても本棚にありますとも。
子供に読み聞かせるために
胸を打たれるとは小説とはこういう作品なのです
本来ならオンノベ読了記に分類すべきなのですが、男性による恋愛小説はプロアマかかわらず、すべてこのカテに収録しています。

貴女と蒼穹を翔びたかった
野鶴善明様

第二次大戦中、最北の地で偵察パイロットの任務についていた安田青年の、内地に残してきた元婚約者へ送る、切々としたラブレターなのです。

読後の感想とか、苦しくて切なくて書けないんです。
胸が塞がれて、涙もまぶたの裏でせき止められてしまいます。
淡々と伝えられる戦況報告と、過去の回想と、直面する死と、空と海の狭間で操縦桿を握り締めながらただひたすらに愛しい人の幸せを祈るということが。

男性の愛とか、想いとか、失くしたものへの無音の慟哭とか。

是非、芥川賞に挑戦していただきたい作家さまです。

男性作家さまらしく、巡洋艦や空母、飛行艇や戦闘機の描写や操作の様子が克明で、そゆのが苦手な人にはムツカシイかもしれません。
「ねじまき鳥クロニクル」読んだ
ツイッター風の読了報告タイトルにしました。
当地の日本人からオークションで入手したハードカバー3巻。
村上春樹氏の作品を読むのは初めてです。

ちょっと、私にはわかりにくい世界だったんですが。
でも、三日で三巻とも一気に読んじゃったのだから
筋肉痛で動けなかったせいもありますけど

表現とか描写とか、とてもセンスのある文章の連続で。
ベストセラー作家の文章とはこういうものなのかぁと、感服しました。

でも、音楽とか、映画とか、あまりそういうことに興味も関心も知識もない読者にはわけのわからない人名や作品名や知識の記述が延々と続いたりして、想像力がそこでぶつぎりになることが多く、間宮中尉の戦争回想録が出てくるまでは、完読できる自信はありませんでしたが。

結局、アレとかアレとか、あの人はなんだったのだろう、というような。
問題の核心はなんだったのですか、とか。
読者に丸投げしてませんか?

というような。そんな読後感でした。
でも、

面白かった。

でも、
もうちょっとわかりやすい内容の、充実した読後感が欲しかった。

これは、

ファンタジーなのか
ミステリーなのか
純文学なのか
それとも
大衆文学なのか

そんなことに悩みながら読むのは、正しい読み方じゃないと思いますけど。
氏の作品は年を追うごとに評価が高まっているらしく、軽い恋愛モノだけでなく社会派の小説もあるとかで、興味がわいてきました。

英訳された氏の作品はうちみたいなド田舎の図書館にもあるんですよ。
読んでみようかなぁ。
日本語で書かれたものをわざわざ英語で読むのもタルいんですけど。

この頃、英語を読むスピードが恐ろしく後退しています。
児童文学も読むのがつらくなってきました。
老化が進んでいるのかもしれません。
読書感想 月桃夜 他
日本に帰ったら日本の本をたくさん読むんだ~と意気込んでの帰省だったのですが……。

豪雪で外出ができずにいるうちに、図書館は年末年始休暇に。
歩いていける距離にあったブックオフは、現金オンリーで、大量に買い込むことは難しく。

それでも、年始に図書館が開いてから、10冊借りてきて、五日のうちにどうにか六冊ほど一気読みしました。
その中でも必須の日ファン受賞作。
『月桃夜』『天使の歩廊』『僕僕先生』

以下、ネタバレあり





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読書感想 「風濤」 井上靖著 新潮社
実家に残っていた小説をできるだけ持ち帰ったのですが、そのひとつ。
若いころは井上靖氏の西域小説に夢中でした。
この『風濤』は井上氏の西域小説の締めくくりといわれ、完成度の高さとか評価が高いのですが。

時は西暦1259年、場所は高麗王国(現在の韓国・北朝鮮)
長年、蒙古に抵抗してきた高麗王国はついにその膝を折り、太子は長年の戦で荒廃した国土を通って元のフビライに謁見するための旅に出るところから話が始まります。

一部は高麗王、玄宗とその宰相の李蔵用、二部は玄宗の子、忠烈王とその宰相、金方慶の二代にわたって、高麗王国が二度にわたる元の日本侵攻(元寇)のために搾取に喘ぎ、苦しんだかということが延々と……。

元寇に関しては、日本は風濤の向こうにあって頑強に元への臣従を拒むという態度が使節の報告を通して語られるだけで、時の幕府や朝廷の方針や態度はおぼろげにしか描かれておらず、ひたすら日本出兵のための費用、食料、軍馬、造船、兵の供出のために身ぐるみはがされていく高麗王国の貧困と困難と難渋が語られていくという……。

玄宗は晩年、ストレスのあまり失語症になったり。
忠烈王は元の公主を后にもらったり、蒙古の風俗を取り入れたりして生き残りを図ろうしたり。

蒙・漢・麗のそれぞれの民族性とか、対立とかもすごく淡々と描かれていて興味深いです。
今、北朝鮮になっているところは、蒙古・元帝国の直轄地にもなっていたんですね。
そういう意味で半島を捉えると、朝鮮・韓民族としてはどうなのでしょう。
蒙古や満州、突厥といった北方民族などとかなり混血が進んでいたのではないかと思われ、大陸の付け根あたりの半島人は、南韓とはまた違う気質とかを持ち合わせているのかもしれません。

ちなみに、外務省の注意事項に、モンゴルを旅するアジア人は中国人と間違えられて暴行を受ける可能性があることを示唆したりしていますが、この何世紀も続く対立の根はかなり深いのでしょうね。

こういった闘争や忍従に耐える必要のなかった日本とは、なんと幸福な国だったのかと……。
だからバランスをとるために天災に見舞われやすい条件に囲まれてしまったのでしょうか。

絶え間ない戦争といつくるかわからない天災。
どっちを選べと言われたら……天災国家でしょうか。
今回の津波も、原発さえなければもっと迅速に被災地への救助が行われたのではと思わずにいられません。

小説はぎりぎり小説です。
人物描写や心理描写、情景描写はできるだけ簡潔に押さえられ、禁欲的なまでに抑制された文章のなかからそれぞれの人物像が確固とした存在として浮き彫りになっています。
史実を追いながら、その奥にあるものを、ひたすら俯瞰的に見て、描いていく。
各所に挿入されている高麗と元、日本への書簡は漢文をそのままカタカナに書き下したので、音読しないと意味がわからなくなったりします。

難解な小説なのですが、高麗がどのように生き延びるのか、あるいは力尽きて滅ぶのか、先が気になって少しずつでも読み進めたくなります。

これからこのような形態の小説は顕れないのではと思うと、昭和のひとつの金字塔的小説だと思います。
読書感想「ローマの戦士:諸王の王」ハリー・サイドボトム著
これ読み終わるのに3ヶ月かかりました。
まあ、私生活が忙しくて、寝る前の15分とか、夕食調理中の煮込みの合間とかに細切れに読んだせいもあるのですが。
何より、読みにくいんですよ。
この本は、アングレス人(北ヨーロッパの白人部族)の王の息子、少年時代よりローマに送られ人質として成長した金髪碧眼の大男バリスタが、ローマの東方軍司令としてパルティア(ペルシャ)との戦いに人生をすり減らす歴史フィクション「ローマの戦士シリーズ」の二巻目にあたる物語なのですが。
てか、ローマの戦士といいつつ、ここに出てくるのはローマ人よりも、周辺諸国から連れてこられた人質や奴隷とか、グラディエイターとか、傭兵とかが多かったりする。

1巻も読みにくかったので、2巻どうしようかと思ったんですが、バリスタの先行きとか、ローマ系の歴史小説にありがちな、そこなかとなくBLな人間関係が楽しくてついつい手を出してしまいました。

どこが読みにくいかというと、ラテン語の名詞をそのまま頻繁に使用するので、役職や地名、人名が覚えられない。
北欧/ギリシア/ローマの伝説や神話、史実を懇切丁寧に引用したりして、なかなか話が進まない。
流れがぶちぶち切れちゃうんですよ。

今回の巻で始めて気がついたけど、このサイドボトム氏は大学の歴史学教授だった。
どうりで長々とどうでもいいような蘊蓄が続く。
でもベストセラーらしい。

完全三人称で、くまなくキャラの心理描写もしてあるので、そこはかとなくBLなギリシア人奴隷秘書のデメトリウス少年(っても19歳だけど)とかの微妙な忠誠心とか腐母にはこたえられない。
ちなみにバリスタは恐妻家の愛妻家、デロデロの子煩悩かつバリバリのヘテロなので、前線では男女ともに現地調達に興味のない彼と、下ねたで盛り上がる周囲とのずれがおかしい。
いや、読みどころはぜんぜんそんなところではない。

以下、ネタバレ
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ラス・マンチャス通信 読んだ
日ファンの大賞作品をできるだけ読もうと限られた細切れの時間を使って読書……

って、

一気に読んでしまいました(汗)
ま、腸感冒したみたいで、仕事を休んだので、大豆を煎りながら。

すごいなぁ

新人なのかぁ

こういうファンタジーもアリなのか。

いやもう、不幸で不条理で救いのない世界を、ただ淡々と生きることの難しさ。
あらゆることにオブラートをかけて、真実は読者の想像にお任せ。
最後まで読んで、ただ唸ってしまいました。
書評に主人公の「地獄めぐり」ってあったけど、ほんとにそう。

サダム・フセインが処刑されるときに「地獄に落ちろ」と言われて「ここが地獄ではないのか」と言い返したって伝説があるけど。
そんなことをちょっと思い出した。

文庫本にもならず絶版になってしまうってアマゾンの書評に書いてあったけど、惜しいことだ。
中古でも買って帰ろうかなと思った。
この独特の世界観とかキャラの造形ぶりに、平山瑞穂氏のファンになりそう。

それにしても、日ファンのマニアでシュールなファンタジー世界が好きだ。
来年も思いっきりマニアな作品を書いて出すぞ~~~。
太陽の獅子 ローマの戦士三巻目
読むのに三ヶ月かかったです。

難解で。

西暦260年。
ローマ帝国とペルシア帝国との戦争で、ペルシア王シャープールにローマ皇帝ヴァレリアンが降伏。
ヴァレリアン帝の腹心がペルシアと裏取引をして帝位を乗っ取ってしまったです。
それに巻き込まれてしまったバリスタは、彼を憎む新しい皇帝のもと、分裂していくローマ帝国内における政争と、ペルシアとの闘争の中で家族を守り領土を守り、かつ自分自身の命と地位を維持しなくてはならないという不可能な試練にさらされるのでした。

史実によると、ヴァレリアン帝の最期は複数の説があるようですが、それぞれで一致するのはヴァレリアン帝はしばらくはシャープール王が乗馬するときの踏み台にされていたようです。

バリスタは不幸な皇帝の救出なんてやってる場合じゃなくて、自分が生き残るの精一杯です。
そういう物語だから。

lion of the sun

ラテン語名詞と古典の引用が多すぎるのが難儀なんだと思う。
どの時間帯に読んでも、1ページから3ページくらい読むといつのまにか目を閉じて良い気持ちになっている。

自分も歴史系を書くと、漢字が多いとか古語を使いすぎて読むのがつらいという感想をもらったりするけど……。
反省した。

あまり難しい言葉や、どう読む(発音する)のかわからないのとか、覚えられない名詞が出てくるといらいらするのね。

でも、紹介の作品はベストセラーなんです。
そのうちに邦訳が出るかもしれません。

難解だけど面白いのは面白いです。
キャラの数がすごいのですが(歴史戦記物なので)それぞれ立っていて、だいたいは忘れたり混乱したりはせずに読み進められますし。
メインキャラたちがなかなか魅力的で。

やはり主人公のバリスタが光っているかな。
いかにも西洋人の好きそうなマッチョな大男、金髪碧眼のバーサーカー(狂戦士)ぶりがいい。
これがこどもにはメロメロで奥さんにはデレデレで、でもそれをあまり表面に出さない。
基本属性はボケ。外ではボディガードに、私生活では執事に、家庭では奥さんにツッコミまくられている。
ローマ帝国方面最高指揮官のひとりなのに、宮廷では北方ゲルマン出身であるために、いじめられている。

かれは自分の配下の奴隷にもかなり甘い。
ゲルマン族がどうかは知らないけど、ケルトやヴァイキングの場合は奴隷と主人の関係がもっと密接だという背景もあるのか、家族同様に扱うので周りの顰蹙を買っていたり。

今回は腐母を楽しませてくれていたギリシア人少年秘書(冒頭で奴隷から市民に昇格しました)は西のほうにお使いに出されて、出番がなくて残念でした。
でももう二十歳だから少年とは言い難いのですが。
原文では「Boy」なんですよね。

さんざん苦労して読み終わったら。

四巻に続く。

疲れるから、日本語で読みたい

ちなみにタイトルの「太陽の獅子」は主人公バリスタのことではなくて、ローマとペルシアの均衡または勝負を左右するオアシス都市王国パルミラの王のことで、本人はローマ帝国の数機が決するまで物語の最後まで出てこないという……。
ちーと思わせぶり。
Killer of Men 第一巻 クリスチャン・キャメロン著
歴女で腐女にはこたえられない展開というか。

一口で言うと。

紀元前500年くらいのギリシア・ペルシアの抗争の中で、翻弄される少年の出世物語と言いますか。

アテネとスパルタが勃興してきて、ギリシアが二大勢力に区分され、絶頂期にあったアケメネス朝ペルシアも巻き込んでの三つ巴の長い戦争の時代に入っていくわけですが。

歴史を紐解くと、この当時はペルシアのギリシア圏制覇ばかりが強調されているようですが、実はこの各ポリスに分裂して互いに争い、ペルシア勢力圏で海賊行為を繰り返したり、ペルシア領土内のギリシア人都市の反乱活動を扇動するギリシア人に堪忍袋の緒が切れて、ダリウス王はギリシア侵攻を決意したような展開らしいです。

物語はギリシア側から描かれていますが、ある意味かなりペルシア側に好意的に描かれています。

民主主義のギリシア・アテネ圏の政治や兵役、税金が、専制のペルシアに劣らず苛烈であることなどもさりげなく言及されていますが。

何より、腐母として楽しかったのは、作者がギリシア的少年愛の社会的な在り方に真っ向から取り組んでくれたことでしょうか。

killer of men

ギリシアといっても田舎町の青銅鍛冶師を父に持つ農場育ちの主人公はバリバリのヘテロであります。
貴族趣味とは無縁で、女の子が好き。
しかし、頭の良さを買われて学問を修めるために神殿に寄宿する先では師に、
彼を気に入ったアテネ有力貴族に、
エロメノス(愛される少年)になりませんか? という、暗黙のお誘いをかわしながら、
どうにか操を守って実兄の盾持ちとして初陣に出て、
戦争を体験します。

戦闘中に負傷し意識を失くし、気がついたらペルシア領のギリシア人コロニー都市イオニア行きの奴隷船に乗せられてました。

買われていった先でも、学友としてついたご主人の若様とそーいう仲だと思われて、
(普通はそうらしいけども、ふたりともヘテロでひとりの女の子を間に挟んで緊張関係になる)
奴隷の身分から抜け出すと同時に、イオニアの反乱が起き、アテネが介入。
時代はギリシア・ペルシア戦争へと突入していきます。
主人公は裸一貫で戦場に再デビュー。

狂戦士の才能が最大に生かされたペルシアとの戦いでは、歴戦の英雄達にお誘いを受けて、上手にかわし。

やっと故郷に帰れると思ったら、戦闘時でもないのに持ち前の殺人衝動が抑えきれずに船を放り出され。

船長の紹介でクレタ王宮に王子様の家庭教師に雇われましたが。
この王子様の「エラステス(愛する側の青年・指導役)」になるという前提で。

女性にももてる主人公でしたが、ふと
部下の少年やこの王子様や、誘いをかけてきた戦士たちは「愛している」と囁くのに、女性達には言われたことがないなーと悩んだりしてます。
そして、女性達は狂戦士であるかれのもとにとどまろうとはしません。
かれの子を生んだ女性も他の男性と結婚してしまい、舅には門前払いで息子に会わせてもらえませんでした。

さらにクレタの王子さま、主人公を切なく追い掛け回すのですが、ついに主人公は「おれは男はダメなんだー」と告白します。
「女を相手にしろだって? あなたはどっかおかしいよ」
とか言われたりして、言い返せません。

主人公、ついに「男の子もいいかも……」とか悩んだりしています。

その時代の社会常識にさからうと、ヘテロには行きにくい世の中だったんですね。

でもギリシア圏全部がそうなかったようで。
くだけた席で仲の良い友人・主従関係を男色関係と断定的に揶揄されると

「おれはスパルタ人じゃねーよ」

みたいな反論が定着していたようです。

なんだかんだとひとりの女性を思い続ける主人公の恋が叶わないのが、なかなか切ないのと
主人公の運命がジェットコースター的に上がったり下がったりするのと
戦闘、戦争、決闘シーンが丁度いいサイクルで入ってくるので、気がついたら分厚い本でしたがあっという間に読み終わってしまいました。
前記事の「ローマの戦士」と同じ分量なのですが、格段に読みやすかったです。
著者は歴史学者で、戦史研究家で、しかもアメリカ海軍出身だそうです。

一巻で主人公は故郷に帰還し、叔父(だか従兄だか)に奪われた農場と鍛冶工房を取り返して、これからは平和に暮らすぞーと決意しますが。

二巻では、歴史的なペルシアのギリシア本土侵攻、そしてマラソンの起源となった「マラトンの決戦」にいやおうなく巻き込まれていくのだそうで。

二巻を借りに図書館にGO!!

難しい部分といえば、キャラの名前が覚えにくいですねー。
日本の戦国モノでも、義経、義時、時宗、宗政と、誰がどれだ~となりますが、
アリストロゴス、アリストゴロス、アリスティダス、ヒロクラテス、ヒロティリダテスと、だれがどれだ~。
(ちなみにうろ覚えです↑)
読んでいるうちに混乱してきます。
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