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救いのない児童書
すっかり児童文学づいている米華ですが。
児童文学のお約束に、ハッピーエンドであるととか、バッドエンドでも希望を残しておくこととかあるんですが。
じゃあ、これってどうなのよっていう、名作童話を並べてみました。





チロヌップのきつね
chiro 読後感:やりきれないキモチになる。

泣いた赤鬼
akaoni 読後:号泣

ごんぎつね
gon 読後:どこに怒りをぶつけていいのか。

一番救いのないのはこれだと思います。
赤いろうそくと人魚

ningyo
 読後:非情無情の因果応報

永遠の名作ですよね。
ええ、大人になっても本棚にありますとも。
子供に読み聞かせるために
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「リンの谷のローワン」読了
読後感:飽きることなく最後まで読めて、面白かったです。

勧善懲悪でないところが私的にツボです。
私の読み違いでなければ、物語のテーマの背骨は『調和』でしょうか。
わけのわからん魔王とかでてこないし。
魔法もかなり制限があるようで、スパイス以上の存在になっていないのがいい。
多少のご都合主義には(三巻『ローワンとクリスタルの守護者』参照)眼をつむって読むことができました。

デルトラよりもキャラや設定に深みがありました。
オーストラリア最優秀児童図書賞をとっただけのことはあります。
(デルトラもオーレアリス賞というSF・ファンタジー系の賞はとってますが)

家族や周囲の人々との人間関係が丁寧に描かれていたのがいいですね。
キャラの造形が脇にいたるまで立体的で良かった。
ランばあさんも、シーバばあさんもよかった。
シーバがどうしても、ヴィジュアル的にジブリの湯婆になってしまうのが悩みでしたが。
話の要である、ローワンが成長していくようすもとても良かったです。
脇のほうでラブらしきものの片鱗がちらっと出ていたのが初々しくて、児童書っぽかった。

あと、この物語を進めていくうえで重要な、英文学特有の謎解き韻文詩(ライムまたはリドル)ですが、和訳ではどうやっているのでしょうねぇ。翻訳者さんの苦労が想像できません。
どの行も韻を踏んでいるということを和訳上は無視することにしても。
なぞなぞ韻文詩は、ひとつの単語が抱える複数の意味をどのようにでも解釈できる謎かけ文になっています。
それに呼応する単語や文章も、英語ネイティブさえ頭をひねるようなものでなくてはなりませんから。
外国語にしたときに意味をなさなくなってしまうことは珍しくないわけです。
そういう場合は、日本語で意味を成すなぞなぞ詩を捏造して、物語に矛盾なくはめ込む必要があるのでしょうが、そんなことが可能なんでしょうか。
手元に和訳本をお持ちで、韻文詩をひとつ提供してくださる方がおられると嬉しいです。


以下ネタバレ

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「世にも不幸なできごと(の連続)」という児童文学
何年か前に読んだ児童書なんですが、おそろしくインパクトの強い小説でした。

原題は「A series of unfortunate events」レモニー・スニケット(ダニエル・ハンドラー)著
長女が十歳かそれくらいときに夢中になって読んでいたのと、当時仲良くしていたママ友が面白いといって子供と新刊を奪い合って読んでいると聞いて読み始めました。

たしかに麻薬的な吸引力のある物語でした。

児童書ということですが、裕福な両親を火事で失くしたボードレール家の三人の姉・弟・妹が、遺産を狙う悪人に追い回されて何度も命の危険にさらされる。
楽しいことはなく、苦しくてつらくて、不幸の連続で、最後まで読んでも希望などかけらもない。

時代はヴィクトリア朝のいつか。
物語の設定も展開も、荒唐無稽で理不尽です。

作者視点で特殊な文体。ところどころ単語の意味や解釈、作者の意見が入っているけどうざくない。
随所に入った作者の解説や薀蓄は面白くて、テンポの良い平易な文章は読みやすいので、原文も高校程度の英語力があれば一気に読めます。

世界中で翻訳されて売れているし。
ゲームも出ているそうです。


児童文学は希望や救いのあるエンディングが必須、という暗黙の条項をぶち破る作品でございます。

この本を読んでいる間は、この特殊な語り口が自分の文章や話し方にも強い影響を与えて困りました。

ジム・ケリーが悪役・オラフ伯爵役で映画化もされています。
児童文学と恋愛要素
言葉の定義はもうめんどくさいから、はっきり言ってどうでもいいんですけどね。
だいたい、童話からヤングアダルトまでひっくるめているのが問題なのだと思いますね。
長女(13歳)はヤングアダルトは児童書じゃないと言い切ってますし。
たしかに「トワイライト:美男美女の吸血鬼・学園もの」を児童書認定するのは反対だし。
それなら、あのアメリカの某児童文学賞のヤングアダルト部門ってのはどうなのよ、とか思いましたが。

私が「児童文学」「児童書」で入っていったのが「ハリー・ポッター」「ハウルの動く城」なので、恋愛はジュブナイルの重要素だろうと勝手に思っているだけ。

米華が「恋愛=官能」の書き手だと思っている人がいたらアレだからちょっと断わっておくと。

初心なトキメキものとか、初々しい青少年の目覚めとかも好きだし。

男の子の視点で、キスどころが手を握るのに四苦八苦している心理が描かれると嬉しかったりします。
ダレンが、キスひとつするのに行ったり来たり、ついに壁をよじ登って窓から顔を出すところとか好きですね。(ダレン・シャン)

あとハリーがチョーをダンスパーティーに誘うために、おそろしく枚数を無駄にしているのが面白かった。(ハリー・ポッター)

でも、一番心を打たれたのは黒主役・ナサニエルがキティを女性として意識して、憧れを抱えても、それを伝えない、触れることすら考えられないままただ守るだけ、というのがとても切なかった。幼くて、そして同時にとても深い愛ですよね(バーティミアス最終巻)

そういうすったもんだが楽しく、ちょっと切なく描かれていれば、エチはいらないのです。
つかあったら変だ。

児童青少年向けには、恋もだけど「愛」の本質についてちらっとでも触れられていたらもう、それだけで星五つ。

「リンの谷のローワン」を読み始めました。
デルトラと同じ作者ですが、人物の描き方や心理描写が細やかになっている。
期待できるかも。
アジアンファンタジー映画「無極:Promise」
真田広之さまが出ている日中韓合同・古代ファンタジー映画とゆうことで。
図書館から借りてきました。

無極:Promise

俳優陣がいい。

将軍 光明役:真田広之
奴隷 崑崙役:チャン・ドンゴン(韓)
公爵 無歓役:ニコラス・チェー(←なんか顔が私的に好みだ

ヒロイン 傾城:セシリア・チャン

刺客 鬼狼役:リウ・イェ(藍宇・らんゆーで主役やった人だよ!)

いやもう。

感想とか、感想とか。
とにかく、

何を見ても、どんな展開になっても、決して突っ込んではいけません

荒唐無稽に何億かけたんですか、という映画。ただ単に楽しめ。

衣装とか、舞台とか、景色とか。お約束のワイヤーアクションとか。
とにかく無国籍アジアンな古代ファンタジーです。
コスチュームデザインに日本人スタッフがいるな、と思ったらやっぱりそうでした。
将軍と姫の衣装に平安~室町なイメージがそこはかとなく。
あと、雪国人の衣装が倭人=弥生っぽかった。
まあ、イメージで。もしかしたらああいうコスの異民族が大陸のどっかにいたんだろう。
でもなぁ。日本は温暖だから、ああいう弥生風の衣装になるんじゃないかなと思ったり、ムニャムニャ。

ところどころCGが急に平板になるのはどうかと思ったけど。
いや、つっこんではいけない。
何も考えてはいけない。黙って観る(笑うのはオケ)

大人の御伽噺ね。うん。

何も考えずにいろんな意味でただひたすらヴィジュアル的に堪能したい方にはお勧め
長女のお勧め「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」
うちの娘たちが読んでる児童書を読めば時代の傾向はまあ、調査できるわけで。
母が児童文学(Children's fiction)書いてるんだよ~と言ったら、協力的な長女。
長女13歳「デルトーラ読んだの? じゃあこれは~?」

って突きつてきけたのが「パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々 2005年~五巻 日本語ウィキへリンク」

実はオリンポスの神々は現代社会に適応して、いまはニューヨークに本拠があるんだとか。
ちゃきちゃき今どきニューヨーカーのパーシー(ペルセウス)は、ポセイドンと人間の母親との間に生れたデミゴッド(半神半人)で、超能力があって。
(ん? 日本の漫画「アリオン」とか思い出したり)
ゼウスに無実の疑いをかけられて、その嫌疑を晴らすための冒険に出る。

著者がADHDで難読症の息子のために書いたお話らしい。
アメリカで大ヒット。映画にもなった。

う~ん。

ギリシア神話は中学のときに飽きちゃったからなぁ。
とか二の足を踏んでいる。

長女はファンタジーが大好き。
ハリポタから始まって猫戦士シリーズとか。アルテミスファウルシリーズとか。
あとなんだかわからないけど、街と学校の図書館にある魔法とドラゴン系やメタモルフォーゼ系はほとんど読んだと言う。
三日で一冊のペースで何か読んでいるので何を読んだのか本人も覚えてないくらい。
アースシー(ゲド戦記改め)シリーズだけは、地元の図書館にないので、ネットオークションで落札。

なのに、なぜにダレンシャンをまだ読んでいないのだろう。
吸血鬼もの好きらしいけど。

次女10歳は、私が彼女の選ぶ本に見向きもしないので、ちょっといじけている。
この人は普通に、ギャル向けキャぴキャぴいまどきスクールロマンス系とか、ちょっと前まではマジックポニーとか、フェアリースクールとか、プリンセスクラブとか、あんなんばっかりやん。

姉妹でこれだけ読書傾向が違うのも不思議だ。

まあ、次女の場合は、彼女をモデルに実はお子様スポ根小説を書いているので、書けたら「ちゅうでん児童文学賞」に応募しようと思っていたり。今年は間に合わないかもですが。
デルトラクエスト読み終わりました
最後のほうは息切れマラソン状態で、とにかく完走を目指すどん尻ランナー的でしたが。
でも、拷問というほどでもなかったです。

ま、ミリオンセラーだけあって、面白かったです。
読みやすいし。

でなければ最後まで読めなかったわけですから。

某さまから「地文にも"!"が使われているのか」
とご質問があって、そのときは気がつかなかったのか、気にならなかったのか。
気をつけて読んでいたらありました。
でも気にならなかったのは、地文でも独白の部分だったからだと思いますが。

それより、訳本の文体はどうなっているのか興味がわきました。

というのは、デルトラクエスト原書の文体はとても時代がかっているんです。
出版されたのが2000年だそうですが、地文にでは仮定法に「If~」でなく「過去分詞+主語~」を多用していたり、会話文の言い回しが大層だったり。
ドゥーム(邦訳:ジョーカー)のしゃべり方がダレンシャンのクレスプリー氏を髣髴とさせる(笑)
(クレスプリー氏はヴィクトリア朝初期の生まれ。もったいぶった話し方をする)

リーフやジャスミンの話し方も大人たちに比べると軽いですが、いまどきのティーンエイジャーよりは重い。

ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」を平易に書いたらああなる、みたいな文体でした。
これはある意味高度なテクなのかもしれません。

児童書ってことですが、冒険だけに焦点が当てられていて。
お年頃の男女が一緒に旅をしていて、異性を意識するところが一切描かれてないのはどうなんだろう。
そこにリアリティを感じられませんでした。
リーフがかろうじてデインの出現に嫉妬らしいものを感じたり、ジャスミンと別行動になって寂しがったり、ジャスミンが死にそうになってひどく取り乱してますが。
それも16歳にしてはどうよ、というような。

ジャスミンのほうはリーフに対して異性を感じたところなどまったく描かれていません。
ネリダに対する反感も、普通に女が嫌いな同性に対する嫌悪感を越えておらず、異性を挟んでの競合とはほどとおい。
まあ、そんなのは書きたくなかったのかもしれませんが、著書が女性なのに女心が一切描かれていないのは、いっそ天晴れとしか言いようがないです。
児童文学が子供の成長を描くものなら、ゆるやかな性の目覚めも(プラトニックでオケですよ、もちろん)あってもいいのにと思いました。
ネタバレにつき反転

いきなり最後にプロポーズ」ではなく。

長女が「第二のシリーズも借りてくる?」「第三のも読む?」「あとのシリーズはみんなうちの図書館にあるよ」
と意気込んでますが。
「いや、冒険と謎解きばっかりの展開はもう満腹(食傷)です」
長女があれだけ夢中になって読むんだから、子供にはあれでいいわけなのか。

……どきどきはらはらわくわく……以外の要素もあるお話を、母は読みたいのです。
あ、でもまだ「リン谷のローワン」があった(がくっ)
某さまがデルトラよりもこっちのほうがお勧めかもとおっしゃっておられたので、がんばります。


デルトラ……やっと七個目
なんということだ。

つい、ウィキに行ってしまって。自分でネタバレしてしまった。ガーン。
予想がはずれてがっかり。

もうあと少し。

固有名詞の読み方とか、確認(ってもカタカナにされた名前は原作名と必ずしも一致しないけど)するのにウィキは便利ですけどねぇ。
ついネタバレまで読んでしまうのは(自己責任だよ)

いや第七話「迷子の谷:The Valley of the Lost」を読み始めて、これって邦題はどうなのかなと思って。
ちょっとウィキってしまいました。
「いましめの谷」ね。ふうん。

ところで

なんで「ドゥーム」の名前をわざわざ変えるかな。
邦訳では「ジョーカー」だって、本当?
すんごくイメージ崩れる。

「ドゥーム」の意味は「破滅」
ウィキでは「運命」とか書いてあったけど。
辞書では確かに「運命」と書いてあるけど。
わたしの知るかぎり、「ドゥーム」は破滅。とにかく破滅。
破滅を前提とした運命として用いられるから。
だから
訳するならまんま、破滅への運命
だから彼がそういう名前で出てきたあたりからもう、おどろおどろしくて。
でも「ジョーカー」じゃ道化師のイメージになるんだけど。
お手玉とかしながら、靴の先や、帽子の先にぼんぼんがついているコスとか。
同じ英語の名詞で置き換えて意味があるのか?
翻訳する時に意味を添えておけば、オリジナルの名前の方がよっぽどストーリーに沿っていて無理がないと思うのに。

指輪物語もそうだったけど。
ストライダー(アラゴン)が馳男さんだったのも、急に日本人の飛脚オヤジみたいな容姿が浮かんでアレだった。
あれは翻訳国の言語を使用して欲しいという、トールキンの意向だったらしいけども。
キャラのイメージが左右されるのはどうかと思うんです。
白人系キャラにはオリジナルやヨーロッパ系のカタカナ名前の方が雰囲気でると思う。

もちろん、オリジナルそのまま持ってきて読むことも覚えることも難しいのは困るけども。
うろ覚えで申し訳ないものの、ムーミンシリーズに出てくる
ニョロニョロは「ハッティファッタナー(英)・ハッティフナッタ(原)」
スナフキン(英)は「スヌスムムルク(原)Snusmumriken」

とか。
おおお、児童文学に同性愛が!「おれの墓で踊れ」他
読んでないのに感想もないものだと思いますが。
ふらふらとアマゾンを探検していたらこういうものを見つけてしまいました。

同性愛を扱った児童文学

エイダン・チェンバース氏の児童文学は、ゲイの主人公だったりする。
マイノリティであることへの葛藤とかもだけど、やっぱり普通に成長したり挫折したりする。

日本の「アマアマ」もしくは「陵辱系」「エロアマ」が受けてる腐文化繚乱状態のBLとは違う角度で、少年の成長とか社会との関わりとかを描いた作品らしいのですが。

児童<青春文学です。

おれの墓で踊れ

二つの旅の終わりに
カーネギー賞(イギリスの児童文学書) 
プリンツ賞(アメリカのヤングアダルト文学賞)
国際アンデルセン賞受賞 

と言うわけで、地方の図書館で探してみたら随分遠くの街の図書館にあることが判明。
しかし、図書館に行かずにネットで本を取り寄せできるってすごいですねぇ。

読んだら感想書くかもしれませんが、邦訳出てますので、皆様も地元の図書館で捜してみてください。
語り合いましょう。
デルトラ……やっと石が四個集まった。
半分以上、進みました。

飽きてきました。

もう最終章行っていい?

四個でいいよ。七個もいらないじゃん。

どきどき、はらはら、わくわく、どきどき、はらはら、わくわく、どきどき、はらはら……。

他の要素はないのだろうか。
やはりオトナにはもうちょっとこう、深い推察とか、黒い展開とか◎ロい展開とか、◎ロイ展開とか。
内的考察とか。

なんか、こう、はじめに「それはありえないだろう」と突っ込みたい部分があって。

ジャスミンが7歳で両親と生き別れ、沈黙の森に取り残され、16歳まで森でひとりで生きてきたって。
いや、ありえない。
普通の森でも野たれ死ぬ。
生き延びたとしても、あんなに賢くなれないし、話すことはできないって。
十年近くも話し相手がいないってことは、人間として生きて来れないってことだ。
発達言語学とか、発達精神学上、無理がありすぎる。
ひとりぼっちで他の人間との交流を断たれた子供は、その年齢のボキャとか思考力のまま心は成長を止めてしまう。
人間は、他者との会話でもって言語力と思考力を伸ばしていく生き物だから。
とくに7歳なんて、自分と他者の区別がやっとつくころで。
ウクライナではときどき行方不明だった子供が、犬の群れに混ざっているのが発見されるけど、言葉は失ってるもの。
赤ん坊の頃に山に捨てられたもののけ姫が、言葉を話せて思考力があったのは、モロが人語を話せる山犬の神様だったからさ。

せめて森に残されたのが11歳とかなら、まだリアリティがある。

魔王とか、しゃべる蛇とか、魔法の宝石とか、空飛ぶ豚よりも、そっちのほうがよっぽど気になるのです。

吸い込まれるのはトムの庭のほうが良かったかな。
これは好みの問題かもしれません。

だいたい私、RPGとか、ゲームしない人だから。
ドラクエはⅢの途中まで。
ファイナルファンタジーは最初を二回しただけで、以来ゲームには触ってない。

でもがんばって読もう。

長女が「読んだ~? もう読んだ~?」ってうるさいから。
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