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読書感想 「風濤」 井上靖著 新潮社
実家に残っていた小説をできるだけ持ち帰ったのですが、そのひとつ。
若いころは井上靖氏の西域小説に夢中でした。
この『風濤』は井上氏の西域小説の締めくくりといわれ、完成度の高さとか評価が高いのですが。

時は西暦1259年、場所は高麗王国(現在の韓国・北朝鮮)
長年、蒙古に抵抗してきた高麗王国はついにその膝を折り、太子は長年の戦で荒廃した国土を通って元のフビライに謁見するための旅に出るところから話が始まります。

一部は高麗王、玄宗とその宰相の李蔵用、二部は玄宗の子、忠烈王とその宰相、金方慶の二代にわたって、高麗王国が二度にわたる元の日本侵攻(元寇)のために搾取に喘ぎ、苦しんだかということが延々と……。

元寇に関しては、日本は風濤の向こうにあって頑強に元への臣従を拒むという態度が使節の報告を通して語られるだけで、時の幕府や朝廷の方針や態度はおぼろげにしか描かれておらず、ひたすら日本出兵のための費用、食料、軍馬、造船、兵の供出のために身ぐるみはがされていく高麗王国の貧困と困難と難渋が語られていくという……。

玄宗は晩年、ストレスのあまり失語症になったり。
忠烈王は元の公主を后にもらったり、蒙古の風俗を取り入れたりして生き残りを図ろうしたり。

蒙・漢・麗のそれぞれの民族性とか、対立とかもすごく淡々と描かれていて興味深いです。
今、北朝鮮になっているところは、蒙古・元帝国の直轄地にもなっていたんですね。
そういう意味で半島を捉えると、朝鮮・韓民族としてはどうなのでしょう。
蒙古や満州、突厥といった北方民族などとかなり混血が進んでいたのではないかと思われ、大陸の付け根あたりの半島人は、南韓とはまた違う気質とかを持ち合わせているのかもしれません。

ちなみに、外務省の注意事項に、モンゴルを旅するアジア人は中国人と間違えられて暴行を受ける可能性があることを示唆したりしていますが、この何世紀も続く対立の根はかなり深いのでしょうね。

こういった闘争や忍従に耐える必要のなかった日本とは、なんと幸福な国だったのかと……。
だからバランスをとるために天災に見舞われやすい条件に囲まれてしまったのでしょうか。

絶え間ない戦争といつくるかわからない天災。
どっちを選べと言われたら……天災国家でしょうか。
今回の津波も、原発さえなければもっと迅速に被災地への救助が行われたのではと思わずにいられません。

小説はぎりぎり小説です。
人物描写や心理描写、情景描写はできるだけ簡潔に押さえられ、禁欲的なまでに抑制された文章のなかからそれぞれの人物像が確固とした存在として浮き彫りになっています。
史実を追いながら、その奥にあるものを、ひたすら俯瞰的に見て、描いていく。
各所に挿入されている高麗と元、日本への書簡は漢文をそのままカタカナに書き下したので、音読しないと意味がわからなくなったりします。

難解な小説なのですが、高麗がどのように生き延びるのか、あるいは力尽きて滅ぶのか、先が気になって少しずつでも読み進めたくなります。

これからこのような形態の小説は顕れないのではと思うと、昭和のひとつの金字塔的小説だと思います。
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