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弥生時代の創作と史実 その3 弥生時代のシャーマン女王とか
感想をもらうと嬉しいですね。しかもそのご感想がスポッとツボにはまるとしばらく楽しめます。

とても楽しくなる質問をいただいたので、お返事いたします。

ネタバレかもしれないので、たたんでおきます。











以下、お返事と考古学的トリビア
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弥生時代の創作と史実 その2 鷹士のご先祖様
「天涯の楽土」を読んで、鷹士ファン宣言されたKさんに、突っ込んだ質問をされまして。

「鷹士のご先祖のコウマ族って、高麗かなんか?」

いやいや、その時代まだ高麗は存在してないです。
たしかに、高麗って「コマ」って読むんだった(;´∀`)

正直なところ、公募執筆中は特定の民族は設定していませんでした。
なんとなく、満州あたりの女真族の先祖みたいな。
鷹士の顔立ちも、清朝の皇族の写真にあるような、細い顔に細い目に細い鼻と細い顎というイメージです。

出版のため、改稿にあたって、もっとはっきりした設定のために地図とにらめっこしました。
現在のロシア領沿海州のツングース民族には興味深い名前の民族がたくさん。
なかでも
オロチ族!
ヤマタノオロチに関係あるのかしらん、と短絡的に思ってしまいます。
オロチ、オロチョン、エヴェン、エヴェンキ、内陸の西にいくと、モンゴルに近いブリヤートとかヤクートとか。

騎馬民族にしたかったのですが、作中のコウマ族はモンゴル風な天神崇拝よりも、中華よりの八紘宇宙の思想とか、城郭国家に詳しかったりするので漢に朝貢もしていた半農狩猟民族、南方ツングース系に比定。
現在の中国領満州から、ロシア領沿海州、シベリアにかけて居住していた、狩猟民族ツングース族。
そのなかでも、匈奴や中華諸国の間で翻弄されていた南方ツングース族は、遊牧騎馬民族ではありませんが弓技に優れ、気性猛々しい東夷民族でした。
日本の縄文弥生と同じ、竪穴式住居にお住まいでした。

中国の史書には、服も着用せず、家畜の豚と同居する野蛮で不潔な民族と記録されていますが。
そこは創作脳で補正してもよいかと。

沿海州に舜の時代から前漢まで沿海州にいたとされる異民族
粛慎(しゅくしん)

挹婁(ゆうろう)

勿吉(もつきつ)

靺鞨(まつかつ)

渤海(ぼっかい)

女真(女眞、じょしん)

群雄割拠

清帝国

満州

ロシア→ソ連

ロシア/中華人民共和国

沿海州は、実は日本にとても近いのです。
平安時代には、半島の新羅や大陸の唐よりも、沿海州の渤海と仲良く国交していたくらいです。
西日本は弥生文化、東日本は縄文文化の名残が強いと指摘されますが、東日本の社会的文化は、ツングースっぽい風習や世界観の痕跡があります。
最近では滋賀県の遺跡から中華からも半島のでもない型の、騎馬民族が使っていた剣が出土して考古学者が「ありえない、にせものかも」と困惑のコメントを載せてましたが。
縄文時代から、シベリアや沿海州の、北方の大陸文化が日本海を越えて直で輸入されていたとしても、別に不思議じゃないですよね。

弥生時代の創作と史実 その1 武器について
「物書きは、作品のなかですべてを語るのだ~」というのが身上であるべきと思うのですが。

「創作と史実の境目は、わからないほうがいい」とも思うのですが

著作「天涯の楽土」に関して、玄人の方の鋭いツッコミや、「この時代についてもっと知りたい」というお問い合わせなどもありまして。
あまりネタバレにならない程度に、弥生時代に関する作成ノートQ&A的なことをしてみたくなりました。

ツッコミその 考古学的なこと

弥生時代の武器で出土しているのは「剣、矛、戈(か)」で、作品中に使われている「槍」は当時の時代の武器としては出土していないのでいかがなのものかと。

あうっ

そうなのですが。ファンタジーは好きだけど、歴史はちょっと、という読者層の開拓も目指していましたので、知名度の低い「戈」と東アジア特有の武器で、使用されていた期間も短い「矛」だと「槍」との構造の違いをご存じない方もおられることと、本文内の説明や描写が難しかったから、というのが「槍」をメインの武器に据えた一番の理由です。

「槍」も「矛」も英語だと「spear:槍/鎗」ですし。
「矛」にいたってはその形状から別名「袋槍」とも呼ばれるなど「けっきょく槍じゃないの」というオチもあったり。

矛と槍の違いは、長柄に取り付ける部分の形状なのですね。
「槍」は接合部が「茎」と呼ばれる細い棒状になっていて、柄の中に差し込んだり、挟み込んだりします。
「矛」は接合部が「袋」と呼ばれる穴になっていて、そこに柄を差し込むようになっています。

「矛」は中国で使われていたものが、東アジア一帯に広まった、東洋特有の武器だそうです。
日本では弥生時代から奈良時代まで、「矛」が正式な武器だったようです。
じゃあ、中国から「矛」が導入されるまで、長柄の刺突武器、猟具がなかったかというとそれもおかしな話。
長い棒の先端を尖らせただけの「槍」や、石器の槍穂をそなえた「槍」は、日本にもナウマン象を追っていた時代からあったはずで、出土してないからといって、存在しなかったと考えるのもいかがなものかと。
それに「鏃:ぞく」と呼ばれている石器、青銅、鉄の「矢尻」ですが、どうみてもナイフとか短剣の長さのもあって、これは槍として刺突武器として使ってたんじゃないの?
という遺物も多く。
この「矢尻」には長すぎる、重すぎる「鏃」を「槍穂」認定しないのは「茎」の部分が細くて短いため。
柄に差し込んで戦闘に使用するには、茎の部分がしょぼすぎるからなのですが。
石器時代にはあったはずの槍、中世から完全に矛に置き換えられた槍がその間の時代にまったく存在しなかったと断言するのは、かなり無理があるかなーと素人なりに思うのであります。

そして「」について。
柄に対して短剣的な刃が直角につけられた、斧や鎌のようなものと考えていただきたいです。
実は、土器や銅器に残されている線画や、出土品の中では、この「戈」の出現率がかなり高いのです。
発祥地の中国では走る戦車の上から、すれちがいざまに敵の戦車の御者や兵士、あるいは騎兵や歩兵の首を刈るための武器なのですね!
だから、柄も長く、刃渡りも長く死神の鎌の如く恐ろしい武器です。
が。
日本の弥生時代には馬も戦車もありません。
だけど「戈」は輸入されました。
日本人の特性として、なんだかよさげなものは小さく運びやすくしまいやすくする、コンパクト化が進むというわけで。
日本の「戈」は小型化して刃渡りも柄も短く、角度も中国の鈍角から日本製の鋭角となり、盾をもち、利き手に戈をふるって白兵戦に使用される武器となりました。
本場では水平に敵を薙ぎ払う武器だったのが、日本では上から下に振り下ろして敵を引き倒すものになったようです。日本人の発想の直角な転換に、当時の中国人もびっくりしたかも。
しかも、金属資源が足りなかったためか、石器の戈まで出現。
技術の逆行ともいうべき現象ですが、それだけ「戈」が人気のあった武器だったのでしょうね。

天涯の続きを~
とか、
倭国大乱の時代を~
とか、
卑弥呼の少女時代の話を~
といった、ありがたいご意見、ご要望もありますので、矛とか、戈も使いこなす「もっと、弥生」な作品をお届けしたいと筆者は切に願っております。

お読みいただき、ありがとうございました。
宮崎県のおいしい純米酒
日本を訪れるたびに、地酒の純米酒をいただこう、というのが私の旅のマイルールなのですが、なかなか忙しかったり、おいしいのをいただいても写真を撮り忘れたり、名前や酒造をメモし忘れたりします。
前回の旅では、北陸と山陰がメインだったのですが、あまり期待してなかった九州宮崎で、たいへんおいしい純米酒に出逢えました。

宮崎


宮崎のお宿やタクシーの運転手さんに訊いても
「純米酒? 日本酒はねぇ。焼酎ならいくらでもお勧めが~」

という感じだったんですが。
焼酎って、注射の消毒の匂いだよねな篠原には、いまいち気が進まないターゲット。
ひとりで飲めなかったらもったいないし。

で、地元のスーパーで晩御飯のお惣菜を買っていましたら、店内の酒屋さんにけっこう品揃えがあり。

「ほほう、宮崎産の純米本生原酒とな」

味見しなくてはなるまい。

で、おいしかったのですよ。
とっても。
焼酎王国の九州ですが。
宮崎にも、おいしい日本酒・純米酒がありました~。
というか、確か熊本には「美少年」って純米酒があったんですよね。
また九州にいったら日本酒・純米酒を掘り出してみます

写真をクリックすると、千徳酒造さんの公式サイトに飛びます。

宮崎の純米酒 千徳
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