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騎馬の歴史へのこだわり 時代考証
時代考証に忠実にキャラたちに乗馬をさせて、鞍も鐙もなくて騎馬戦になるのか、という問題がある。

必要は発明の母、ということで、ハミ(轡)が6000年も前に発明されていたにもかかわらず、鐙は2300年前まで登場しなかった理由。

今どきの人間が失念しがちなことは、紀元前の馬達は、今どきの馬ほど大型ではなかった。
匈奴やフン族が乗っていた馬は小型の馬で、蒙古馬といって、肩の高さが1.3メートルほど。
足は短く、胴が太い。
鐙がなくても飛び乗ることができただろうし、落馬しても、今どきの馬から落ちるほどの高さではなかったと思われ。
今読んでいる「Attila」が乗っているのもこの蒙古馬だ。

つまり、この時代は、鐙は人の訓練と技術で代用できたのだ。
古代アッシリア帝国は遊牧民族ではないにも関わらず、騎乗して遊牧民と闘える騎兵隊を持っていた。

馬は犬ほどではないが、使役目的によって品種改良が進んだ種らしい。
日本の乗馬教室ではサラブレッドしか見たことがなかったけども、ニュージーランドに来て、馬にもいろいろあることがわかった。
ホーストレッキングの馬は、すごく大型で、肩の高さが私の身長ほどあった。
蹄なんか、レース馬の二倍、と言うか、四倍の大きさがある。
鞍も厚くて、馬の背から15センチは高かったと思う。
馬に乗るのに、鐙の下に台が必要なほど大きかった。
「走らせるとどうなる」
とガイドに訊いたら
「この馬は走らないよ。荷馬だからね。だけど、サラブレッドとは比較にならないほどねばり強くて、スタミナがあるんだ」
その後、別の牧場でサラブレッドに乗ったら、小さく低く感じてしまいました。

だからフン族が乗っていたような小馬なら、膝で締め付けるだけで上体を安定させることは可能だったろうし、手綱から両手を放して騎射することも、手練の騎手ならやってのけただろう。

この「パルティアン・ショット」と呼ばれる、鐙のない時代には遊牧民だけが使いこなした技「敵の陣を走り抜けながら、または退却しつつ、上体を後ろ向きに捻って後方へ向って矢を放つという離れ業」も、走りながら投げ縄を投げて敵を落馬させるという戦法も、小型の馬だからこそできたんだろう。
アッシリア壁画の騎兵のレリーフなど、騎手の体と比較してみてもかなり小さい馬だった模様。
鐙は馬の大型化に伴って、台がないと馬の背に乗れない、移動先でも楽に馬に登るため、必要になったから作り出された。
漢字を見てもわかるように、馬の背に「登る」ための小道具だ。
だから、始めは片側にひとつしかなかった。
この、片側にひとつ、という時期も長かったようだ。
だれか賢い人が両側に吊るしてみたら楽だった、と発見するのに時間がかかったみたい。

だけど、この手の小型の馬でテレビドラマや映画を撮ったらちょっとあまり、かっこよくない。
今どきの馬で時代劇を撮るなら、安全上の理由から、時代考証は無視して鐙を使ったほうがいい。

ところが、洋画ではこの時代考証…鐙を使わない…に従う風潮がでてきたらしい。
「トロイ」「アレキサンダー」など。

今どきのアラビア馬に乗って映画「アレキサンダー」を演じたコリンファレル。
鐙なしで駈足をさせたり、槍を振り回して、さぞかし足腰お尻が痛くなったことだろう。

ふと思い立ってウィキを覗いたら、ヨーロッパで最初に騎兵を採用したのはマセドニア王国(のちに帝国)だったそうな。
それも自国の兵士でなく、周辺の騎馬民族を集めた傭兵部隊と自前の歩兵部隊を組み合わせてペルシャを倒したという。
それまでになかった兵器と戦法、用兵を組み合わせて実戦に移せたから、30歳やそこらで世界帝国を打ち立てることができたんだなぁ。
「Alexander the Great
「偉大なる王」の由来はそういったところからきたんだな。
時代を制するのは独創性!!!爪の垢ください。

どんどんネタが固まっていくなぁ。

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